岡山地方裁判所 昭和62年(ヨ)91号 決定 1988年10月27日
債権者
松田裕
右訴訟代理人弁護士
石田正也
同
石川敬之
同
浦部健児
同
嘉松喜佐夫
債務者
西日本旅客鉄道株式会社
右代表者代表取締役
角田達郎
右訴訟代理人弁護士
松岡一章
同
河村英紀
右松岡訴訟復代理人弁護士
鷹取司
主文
一 本件申請を却下する。
二 申請費用は債権者の負担とする。
理由
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 債務者が債権者に対して、昭和六二年三月一六日付でなした所属・勤務箇所・職名を債務者岡山支社岡山運転所(岡山派出)車両技術係(一級)とする旨の意思表示の効力を仮に停止する。
2 債権者は債務者を債務者新見運転区車両技術係(一級)として仮に取り扱え。
二 申請の趣旨に対する答弁
主文第一項と同旨
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 債権者は、昭和四〇年一〇月一日日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)に職員として採用され、同日から新見客貨車区に、昭和四二年四月一三日から岡山貨車区車両掛に、昭和五五年一月一日から新見客貨車区車両検査係に、昭和六〇年三月一四日から新見運転区車両検査係に勤務してきた。
しかるところ、昭和六二年四月一日日本国有鉄道改革法(以下「改革法」という。)の施行にともない、国鉄事業は地域別等に分割、民営化され、株式会社として債務者が新設されることとなった。そして、債務者の設立中の会社もしくは発起人たる西日本旅客鉄道株式会社設立委員会(委員長斎藤英四郎)(以下「設立委員会」という。)は債権者に対し、同年二月一二日債権者を同年四月一日付で債務者に採用する旨の意思表示をした。ついで、国鉄は、同年三月一〇日付で債権者を岡山運転所車両検査係(岡山在勤)を命じ(債権者のいう「配転」、債務者のいう「転勤」、以下「本件配転」という。)、その後、設立委員会は、同年三月一六日債権者を同年四月一日付で所属・勤務箇所・職名を債務者岡山支社・岡山運転所(岡山派出)車両技術係(一級)勤務を命ずる旨の意思表示(以下「本件勤務指定」という。)をした。そして、同年四月一日をもって国鉄の承継法人としての債務者が設立されると共に、右設立委員会のした採用及び本件勤務指定の意思表示は改革法二三条五項により債務者の意思表示とされることとなった。
2 しかしながら、本件勤務指定は、以下の理由により人事権の濫用であり無効である。
(一) 業務上の必要性がない
債権者は、国鉄時代昭和六一年七月から新見運転区でいわゆる人材活用センターに配属され、単純労務に服してきたが、債権者が人材活用センターに配属されたのは、債権者が車両の誘導業務を修得していなかったことによる。しかし、これは債権者の責任というよりは、国鉄当局の意図によって誘導業務を修得できなかったためである。
また、右人材活用センターは、昭和六二年三月一〇日をもって廃止されたが、債権者は、この廃止と共に国鉄より岡山運転所車両検査係に配転をうけ、ついで、設立委員長より岡山支社岡山運転所車両技術係に本件勤務指定をうけた。しかし、ここにおける業務は、人材活用センターと同様の、のちの車両総点検チームにおける単純労務にほかならないのであり、余人をもってしては出来ないという作業ではない。このような作業であるなら、新見運転区において勤務をすれば足りるのであって、なにも債権者がわざわざ岡山運転所へ配転される必要はない。
また、本件配転、本件勤務指定の人選基準も曖昧であり、債務者が主張するようなローテーションの人事であるなら、債権者よりもっと長期間新見運転区に在勤している者を配転、勤務指定すべきであるのに、それより短い債権者を配転、勤務指定した。
(二) 生活の破壊
債権者の家族には、妻と子供が二人いるが、妻はヘルベス脳炎及び右足深部静脈血栓症に罹患し、その後遺症として大小のけいれん発作が続き、記憶喪失もたびたび起る状態である。そして、妻が右の後遺症を有するため母の介護が必要なところ、その母は新見に住んでいる。また、債権者も、常に妻の身体を心配し、できるだけ在宅時間を多くして妻の家事を手伝い、妻の健康状態把握を心掛ける必要がある。このような家庭環境にあるので、子供たちからみれば母親不在の状況にあるが、これに加えて転勤ともなれば子供たちが新しい環境になじむことは難しく、これらの事情から本件勤務指定には応じられない。
(三) 不当な動機、目的
債権者は、国鉄に就職以来国鉄労働組合(以下「国労」という。)に加盟し、新見客貨車区副分会長の地位にあった。しかし、国鉄、債務者は債権者が国労に属しているとの理由だけで、岡山運転所へ配転し、本件勤務指定をした。これは明らかに所属組合による不当な差別である。このことは、国労以外の労働組合の組合員がほとんど新見運転区に留まっているのに、国労組合員は一人残されたにすぎないといった結果にも現れている。しかも、同じ国労の組合員が債権者の後任となっているが、これは必要のない人事異動であり、結局、国労組合員に対する見せしめの人事である。また、これまでは本人の希望に基づいて配転がなされてきたが、本件勤務指定では、債権者の昭和六一年一一月申出の希望は無視されている。
3 保全の必要性
債権者は本件勤務指定に異議をとなえながら解雇を回避すべくやむなく岡山運転所に勤務しているが、債権者の生活は耐えがたいものになってきており、人間らしい生活を取り戻すために新見への復帰はぜひとも必要である。
よって本件の仮処分申請に及んだ。
なお、債権者が国鉄時代勤務していた新見運転区車両検査係は、債務者では新見運転区車両技術係が同一業務を行っているので、債権者を右係として仮に取り扱うことを求める。
二 申請の理由に対する答弁
1 債権者は、申請の理由1の中で債務者の承継前債務者たる設立委員会が債務者の設立中の会社であるというが、設立委員会は、設立中の会社そのものではなく、発起人組合ないし右設立中の会社の執行機関であるに過ぎない。従って債務者とは別個のものであって、債務者がその権利義務を承継するものではないから、債務者は訴訟を承継できず、債権者は別個に仮処分申請を提起しなければならない。また、債権者は、設立委員会が発起人であるとも主張するが、その行為の効果は設立中の会社に帰属するものであり、債務者は設立中の会社は承継するが、発起人もしくは執行機関を承継できるものではない。
さらに、債権者は申請の趣旨2において新見運転区車両技術係として仮に取り扱うことを求めるが、これは、結局法律上の旧地位の回復を求めるものではなく、新しい地位に就くことを求めるものであり、このような仮処分は不適法であって許されない。
2 申請の理由1のうち設立委員会が債務者の設立中の会社もしくは発起人であることは争い、その余の事実は認める。
3 同2(一)の事実のうち、債権者が国鉄時代昭和六一年七月から新見運転区で人材活用センターに配属され、単純労務に服してきたこと、債権者が車両の誘導業務を修得していなかったこと、人材活用センターは、昭和六二年三月一〇日をもって廃止され、債権者が岡山駅運転所車両係に本件配転をうけ、ついで、本件勤務指定がなされたことは認めるが、その余は争う。
国鉄が人材活用センターを設けたのは、国鉄事業の衰退がその基底にある。すなわち、航空機や自動車の発達により国鉄事業への需要が減少したことにある。これに対し、国鉄はダイヤを改正してその合理化を図ってきた。その度毎に余剰人員が生じ、これを吸収するために各種の業務を拡げてきたが、その吸収の余地のある都市部にそれが集中した。岡山鉄道管理局においても増収政策や経費節減のための余剰人員の活用策として岡山運転所では七箇の組織が設置されたが新見運転区では二箇の組織が設置されるに留まった。そして、新見運転区の昭和六二年三月の余剰人員は一一名(実質八名)であり、これらの過員は車両総点検チームとか整備事業センターとかに吸収される必要があったが、債権者は、前記のとおり誘導業務未修得で検修職として不適当であり、種類、業務量の多い岡山運転所へ勤務指定するのが就労意欲の点などから適当と判断されたのである。
4 同2(二)については不知・仄聞したところによれば、債権者の妻は介護がいらないほど軽快したというし、仮に介護が必要であるとしても債権者の母は夫が病気で債権者の妻をみるゆとりがあるか疑問である。いずれにしても、債権者のいう不利益は、岡山市内の社宅に居住することによって容易に解決する。妻の病気の治療は抜本的には岡山市内にある専門病院が最適であるし、子供の転校問題も、子供たちが通例問題のない年齢層にある。
5 同2(三)については争う。
配転、勤務指定において、組合別の人事異動はしていないし、国労の組合員という理由だけで不当な差別はしていない。債権者の主張はまったくの偏見である。また、債権者は国鉄時代は職員の意思に基づいて配転がなされていたと主張し、なるほど国鉄と国労の間には昭和四六年六月一日締結された「国鉄近代化の実施にともなう配置転換に関する協定」があるが、これは本人の意向を尊重しようというだけのものであって、職員の希望どおり配転すべきだとの拘束力を持つものではない。右協定は、もともと、本件勤務指定には適用のないものである。
6 同3は争う。
7 本件勤務指定はこれまで国鉄がした配転と違って、改革法の施行にともなって債務者が債権者を採用した当初の勤務場所を指定したものである。従って、もともと配転命令ではない。しかも、債権者は、昭和六二年一月に設立委員から新規採用の募集をされた際、職員の労働条件として、就業場所は「会社の営業範囲内の現業機関等において就業することとします」と記載した文書を交付され、これによって右募集に応じているのである。その結果、設立委員会は右の労働条件による採用の通知をし、勤務場所の指定をしたのである。
第三当裁判所の判断
一 当事者適格等について
申請の理由1は、設立委員会が債務者の設立中の会社もしくは発起人であるとの点をのぞいて当事者間に争いがない。
ところで、債務者は、設立委員会は、債務者の設立中の会社そのものではなく、発起人組合もしくは設立中の会社の執行機関に過ぎず、従って、債務者とは別個のものであるから債務者はその訴訟を承継できない、また、設立委員会が発起人であるとしても、その行為の効果は設立中の会社に帰属するものであり、従って、債務者は、設立中の会社は承継できるが、発起人もしくは執行機関を承継することが出来ないから、当事者適格を有しない旨主張する。
そこで、この点について判断するに、債務者は、改革法並びに「旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律」(以下「旅客法」という。)に基づき、昭和六二年四月一日に設立された会社で、国鉄の北陸、近畿及び中国地方を中心とする鉄道事業を国鉄から承継していること、旅客法附則二条一項によれば、運輸大臣が設立委員を任命し、当該会社の設立に関して発起人の職務を行わせることとされており、同大臣は旅客法に基づき西日本旅客鉄道株式会社の設立委員を任命したこと、右設立委員は委員会を構成し、委員会規則を設け、設立に関する委員の職務は委員会の決定するところにより執行することとし、設立委員長に斎藤英四郎を選任したこと、同法附則二条二項によれば、設立委員は発起人としての定款の作成以外に会社設立時において事業を円滑にするために必要な業務(開業準備行為)を行うことができる旨規定されていること、また、改革法二三条一項は、設立委員は、国鉄を通じ、その職員に対しそれぞれの承継法人の職員の労働条件及び採用の基準を提示して職員の募集を行うものとする旨規定し、また、同条三項は、設立委員は国鉄が右条件及び基準に従い提出した名簿に記載された国鉄職員のうちから職員を採用する旨の通知をすると規定していること、同法二三条五項によれば設立委員のした行為は承継法人のした行為とするものとされていること、が認められる。
以上の事実に基づいて考察すると、設立委員ないし設立委員会は、直接法の規定によって当事者適格を付与されているとも、西日本旅客鉄道株式会社(債務者)の設立中の会社の執行機関ないし代表機関にすぎず、当事者適格を有するのは、いわゆる権利能力なき社団たる設立中の会社であるとも解しうるところであるが、仮に両者の見解に立つとすれば、債務者が右設立委員ないし設立委員会を承継するのは前記改革法の規定等から当然のことであり、後者の見解に立っても、本件仮処分申請(債務者会社の設立以前に申請された。)は、その申請書において、債務者を「西日本旅客鉄道株式会社設立委員会・右代表者斎藤英四郎」と表示しており、その表現にやや正確性を欠くうらみはあるものの、右申請の相手方は、要するに、右代表者によって代表される権利能力なき社団である設立中の会社であると解されるから、昭和六二年四月一日設立された債務者と実質的に同一人格であるというべきであり、いずれにしても、債務者には当事者適格がないとの債務者の主張は失当である。
次に、債務者は、債権者が申請の趣旨2において、新見運転区車両技術係として仮に取り扱うことを求めることが、法律上の旧地位の回復を求めるものではなく、新しい地位に就くことを求めるものであるから、このような仮処分は許されないと主張しているが、右のような仮処分が許されるかどうかは、実体関係如何によるものであるから、その適否について判断は暫く措く。
二 人事権の濫用について
本件勤務指定は、形式的には、新会社設立により新たに採用された職員に対する初めての勤務箇所・職名の指定であるから、これを直ちに配転と同一視することはできない。しかし、前示改革法並びに旅客法の規定、債務者設立の経過等を総合すると、債務者は承継法人として、国鉄の資産、事業、権利、職務を引き継いでおり、実質的には国鉄と同一体というべきものであり、所定の手続により国鉄職員の中から採用された者の勤務箇所が国鉄時代のそれと異なる所に指定された場合は、実質的には配転と異なるところはないから、業務上の必要性が無いのにこれを行ったり、職員の生活環境を破壊したり、不当な動機・目的をもってなされたりして、人事権の濫用と認められるときは無効となることがあるものというべきである。
そこで、右の点につき、以下順次検討する。
1 業務上の必要性
債権者が昭和四〇年一〇月一日国鉄に職員として採用され、同日から新見客貨車区に、昭和四二年四月一三日から岡山貨車区車両掛に、昭和五五年一月一日から新見客貨車区車両検査係に、昭和六〇年三月一四日から新見運転区車両検査係に勤務してきたこと、昭和六二年四月一日改革法の施行にともない、国鉄事業は地域別等に分割、民営化され、株式会社として債務者が新設されることとなり、設立委員会が債権者に対し、昭和六二年二月一二日債権者を同年四月一日付で債務者に採用する旨の意思表示をしたこと、ついで、国鉄は、同年三月一〇日付で債権者を岡山運転所車両検査係(岡山在勤)を命じ、その後、設立委員会は同年三月一六日本件勤務指定をしたことは当事者間に争いがない。
そして、疎明資料と審尋の結果によれば、国鉄は国鉄事業の衰退に対応してダイヤを改正してその近代化、効率化(合理化、機械化)を図ってきたが、合理化の度毎に、国鉄全体ではかなりの余剰人員を抱えてきたのでその活用策や調整策として職種の拡大や経費の削減、出向、休職などを行ってきたが、貨物輸送等の激減という経営環境の悪化もあって益々余剰人員は増大していったこと、国鉄岡山鉄道管理局においても昭和五九年四月に八五七名、昭和六〇年四月に九八五名、昭和六一年一一月に二二六八名の余剰人員を抱えるまでになったため、同管理局も昭和六一年七月から余剰人員対策としていわゆる人材活用センターを新設し、余剰人員を吸収していわゆる「ぶら勤」批判をかわしてきたが、債権者も同年七月から新見運転区の人材活用センターで無人駅での掃除やペンキ塗り、草苅などの作業の人材活用担務をしてきたこと、しかし、国鉄事業は莫大な債務をかかえてついに破綻し、昭和六一年に閣議決定をもって改革法を含むいわゆる国鉄関連改革法案が国会に提出され、同年一二月四日をもって国鉄関連法案が可決公布され、これにより国鉄事業は地域的に分割、民営化されることとなり、新会社が設立されて新経営体制に入ったこと、国鉄岡山鉄道管理局の鉄道事業も営利法人たる債務者に承継され、新経営体制の下に効率化を図り、職員の採用については、国鉄からの労務に関する権利の譲渡の形態をとらず、全員国鉄職員から新採用の形態をとることとなったこと、そこで、設立委員会は昭和六二年一月ころ、国鉄を通じて、労働条件を明示して募集を働きかけたこと、その際、採用希望者に交付された労働条件に関する文書には、就業の場所として「会社の営業範囲内の現業機関等において就業することとします。」と記された広域異動を前提とした文言がはいっていたこと、それと併せて承継法人の職員となることに関する意思確認及び新会社への採用申し込みの文書も交付され、債権者もこの募集に応じたこと、ところで、債権者は、もと新見運転区車両検査係であったが、昭和六一年一一月ころの同運転区全体の所要員は七〇名であるのに対し余剰人員は六五名に達しており、債権者の所属する係の検修職の所要員は昭和六二年三月当時七名であったのに対し余剰人員一一名(うち退職前提の休職者等非労働人員三名で実質余剰人員八名)であり、右職員のうち債権者ほか二名は検修職の業務のうち「誘導業務」についての研修の機会を逸しそれが未修了であったので、検修職の本来の職務に従事する所要員七名のうちに入れるのは非能率、不適当であったこと、余剰人員の活用策として新見運転区では、「整備事業センター」、「旅行センター分室」が設けられたのみでその業務量が少なく、同運転区の余剰人員を吸収することができなかったのに対し、岡山運転所では、「整備事業センター」、「車両総点検チーム」「旅行センター分室」のほかに四個の業務組織が設けられ、その業務量も多かったこと、債権者に対する配転ないし勤務指定は、同人の能力開発、勤労意欲の高揚を図り、職場の活性化に資するものと考えられたこと、債権者は、本件配転により当初岡山運転所(岡山在勤)で、雑作業を行う「整備事業センター」の業務に従事していたが、「岡山在勤(派出所勤務)」は夜勤があるので、妻の病気のことを上司に申し出て、国鉄より同年三月二五日付をもって岡山在勤を免ずる旨の事前通知をうけ、ついで、設立委員長より同日、四月一日付をもって、勤務場所、職名、岡山運転所車両技術係(「岡山在勤」の記載なく、本区勤務となる。)の通知をうけ、そのころから、夜勤のない「車両総点検チーム」の業務に従事するようになったこと、右の業務は、電車のカーテンの清掃、取りつけ、窓枠の垢取り、シーツの埃取り等の雑作業であること、改革法施行にともなう国鉄の昭和六二年三月一日から同月三一日までの岡山駅管理局管内の人事異動の規模は一八二一名に及んだこと、その後、債務者は、昭和六二年四月一日に新会社として発足し、これと同時に債権者と債務者との間の労働契約が発効したが、新会社の成立にともなって制定された就業規則三条二項には「社員は、会社の命により、会社が事業を経営するいずれの地域の勤務箇所においても勤務しなければならない」と定め、二八条には「会社は、業務上の必要がある場合は、社員の転勤を命ずる」と明記されていること、
以上の事実が一応認められる。
右事実によれば、国鉄当時、合理化と経営環境の悪化によって職員の余剰人員が増大していたが、その解雇を避けるため、新会社設立に当たっては、その各種の活用策を考え新規採用の職員のうち余剰人員を右活用策の事業に振り向けることとし、その一環として、新見区車両検査係の検修職の業務のうち「誘導業務」についての研修が未修了で、同職として不適当な債権者を、余剰人員の一人として岡山運転所車両技術係に勤務指定し、右活用策の一つである整備事業センターもしくは車両総点検チームの仕事に就かせることとなったことが認められ、したがって、本件勤務指定は業務上の必要性があったものと認められる。
なお、債権者は、本件勤務指定の人選基準が曖昧であるとか、債権者よりも長期間新見運転区に在勤している者を配転ないし勤務指定するべきである等と主張するが、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により、労働者の勤務場所を決定できるものであり、右の業務上の必要性は、当該勤務先への異動が余人をもっては容易に替えがたい程の高度の必要性に限定されるものではないから(最高裁二小昭和六一・七・一四、集民一四八号二八一頁参照)、右の業務上の必要性がみとめられる外に、人選の具体的基準が明らかにならなければ直ちに人事権の濫用として無効となるものでもないし、同一勤務場所に債権者より長期在勤している者が他にいるのに、その者を先に他の場所へ勤務指定しなかったからといって、それだけで、それが人事権の濫用として無効となるものでもない。
2 生活の破壊
疎明資料と審尋の結果によれば、債権者の妻松田由美子は、国立岡山病院に、昭和六一年三月二一日から同年四月二八日まで単純ヘルベス脳炎で、また、同年五月一三日から同年六月一日まで右足深部静脈血栓症で入院したこと、その後、軽いけいれん発作と記銘力低下を残したものの、日常生活にはほとんど支障のない程度に後遺症を軽減できて退院したこと(ちなみに、債権者は昭和六一年一一月国鉄に提出した希望調書に家庭の事情をあげていないこと)、債務者は、前示のとおり、債権者の妻の右の事情を考慮して本件勤務指定先での夜勤を免除する措置をとったこと、また、子供たちは長男が中学二年生、二男が小学四年生であり通例転校に支障がない年齢であること、債務者は岡山市内の右国立病院に近い社宅の提供を申し出ているが、右社宅に入居すれば、債権者の主張する生活上の不利益は、ほぼ解消することが一応認められる。その他、特段の生活上の不利益は認められない。
右の事実に、国鉄事業は前認定のとおり破壊したのであるからその再建のためには職員は多少の不利益、不便は甘受すべきであること等を併せ考えると、債権者はその主張のような不利益があるとすれば、債務者の提供する宿舎に入居することによってその解消を図るなどの真摯な対応を考えるべきであり、債務者が右宿舎に入居すれば、債権者の主張する生活上の不利益はほぼ解消するのみならず、もともと、債権者の主張する生活上の不利益は、現在においては、右認定のとおりさほど著しいものとも認められず、他に特段の事情があるものとは認め難いから、債権者の生活上の不利益は、その甘受すべき程度を著しく超えるものとはいえない。
したがって、右生活環境破壊の主張も失当である。
3 不当な動機、目的
前判示のとおり、債権者は設立委員会によって債務者に新規採用されたものである。しかしながら、前示のとおり、債務者は承継法人として国鉄の権利、義務を引き継ぎ、ことに改革法二三条によれば新会社は退職手当の支給関係を引継ぐ等、労務関係も一部引き継いでいるから、債権者が国労に所属しているからとの理由で不利益な扱いをしたり、債務者が国労に対する支配介入をするのであれば、それは不当労働行為となるものというべきである。
これを本件についてみるに、疎明資料によれば、債権者は国鉄に就業以来国労に所属し、昭和六〇年から新見電気分会副分会長をしてきたこと、本件勤務指定によって債権者は岡山運転所へ転出し、その後任に国労所属の小西高広が勤務指定されたこと、もともと、新見運転区は国労組合員は四名であり、昭和六二年三月二〇日には一名になっていたが、右小西の勤務指定で、国労組合員の人的構成は債権者の本件勤務指定直前と同数となったこと、債権者が配属された車両総点検チームには、西日本鉄道産業労働組合員が一一名、国労組合員が一一名、国鉄動力者労働組合員が三名、岡山鉄道産業協議会員が二名配属されていることが一応認められる。
右事実および前示二の1、2の事実を総合勘案してみると、債権者の本件勤務指定は前示のとおり業務上の必要性があり、その生活上の不利益も甘受すべき程度であると認められ、これとの対比において債権者が他へ転出したことにより受ける組合活動上の不利益もさほど顕著なものではないと認められるのであって、本件勤務指定が債権者主張のような差別待遇であり、国労組合員に対する見せしめの人事であるとは、にわかに認め難い。
したがって、本件勤務指定が不当な動機、目的によるものである旨の主張も失当である。
三 結論
よって、その余の点について判断するまでもなく、債権者の本件申請は被保全権利について疎明がないものというべきであり、保証を立てさせて疎明にかえることも相当でないから、本件申請を失当として却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 日浦人司 裁判官 香山高秀 裁判官 生田治郎)